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誰が為の人生?:承認欲求との付き合い方

人生
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承認欲求、SNS上でのいいねの取得数やフォロワー数という評価軸が出てきて再度注目されるようになりました。

殊、まだ自己形成の途上にある学生においては外の評価によっても自分を作りたくなる気持ちは私もよくわかります。

周りから認められるように努力する、といった前向きな面もあります。

但し、少し注意して欲しいのがあくまでも評価する・しないは外野が主体なので、元々「こちらが望む」事が出来ないものだ、という事です。

ここを取り違えると、たまたまいいねが付かなかった事が気になったり、誰に対してもどこまでも数を追い求めるといった際限の無い承認欲求に自分が振り回されてしまう事になりかねません。

つい先日あった花火大会での出来事。それ程大きな規模ではないため小さな花火が短時間しか上がりません。その際私の前に居た親子、お母さんは写真を撮る事に夢中でほとんど花火を観ていませんでした。

主たる目的が撮影だったのかもしれませんが、撮影中は子供も花火を背にして観れていませんし「一緒に観た」という体験も貴重なのでは?と勝手に思っていた次第です(^^)

この親子はSNSとは関係なく写真撮影をしていたのかもしれません、SNSでの評価偏重で行動し始めると「その場を如何に楽しんでいるか」の割合と、「自分が本当に何をしたいのか」の主体性が減ってしまいます。

また、周りからの評価・承認を自分の能力や事実としてしまう事はいつまで経っても自己効力感や自信に繋がる事はありません。

何故なら過程そのものに注視して取り組んでいる感覚が無いからです。評価・承認を軸とせず、過程そのものを一つ一つ積み重ねている実感が日々の充実感となり、「やれるだけやった」という自己効力感や自信となります。

また これまで幾つかの業務を行い資格を取得する中で 、評価される事に重きをおいて時間を使ってみても、自分の内側から湧き出る動機や目的を持って使った場合と比べると、力量が上がる度合いがそれ程高くならない事を実感致しました。

人の評価や注目なんて気ままなもんです。それはそうですよね、基本皆自分の事で精一杯なんですから。

そんな当てにならない外野の評価に重きを置くよりも、如何に「自分が過程を楽しみながら取組んで」「結果について納得し、次に進むか」の方がより充実した生き方ではないでしょうか。

稀に評価したり認めてくれる人が居れば「有り難し」と御礼を述べ、引きずられもせずまた淡々と自分が出来る事を積重ねていく…そんな軽快感のある生き方の方を私はお勧めします。

5年前10年前によく関わっていた人で今も関りが深い、なんて人はほんのわずかではないでしょうか。

一時期評価し認めてくれたような人もいずれは居なくなりますし、自分も場所を変え自身も変化していきます。

泡のような一時的な評価・承認を過剰に求めず、取組む過程を楽しみ、結果を受容れ、また歩んでいく事の繰り返しで自分で自分にいいねを付けながらより強固に自分を形作りましょう。

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