ラグビーワールドカップ日本大会、ウルグアイ対フィジーの試合にてウルグアイ国家を大きな声で歌い上げた男児。その姿勢や行動を考察する二回目です。
②感じ取る力
おそらく国歌の前奏時と思われる写真で、この男児は顎を引き姿勢を正して眼を閉じています。
国歌斉唱といえば、国を代表する誇りと重圧から瞳を潤ませて歌う選手が多い程厳粛で大事な瞬間です。また、この日の試合会場が釜石という事も有り、この場がどういう場所なのか(2011年の震災と津波)の話を聞いていたのかもしれません。
いずれにしても、この眼を閉じている姿は何かしら「大事な瞬間である」事を感じ取っての行動であったのは間違いありません。(顎を引いて下を向いているのでたまたま眼を閉じた瞬間の写真とは全く見えません。念の為こちらにリンクを貼りますので、宜しければ皆さんはこの写真を見てどのように感じるのかご確認下さい)
この「感じ取る力」、特に大事になっています。
視覚を含めあらゆる刺激が過剰になっている現代において、この感じ取る力は先々への想定をしたり大事な局面で選択をする際に活かされます。
言葉ではうまく説明出来ないけれど「なんとなく」というこの総合的に感じ取ったものは指針となり得ます。それを好き・嫌いと表現して題名にしている本も本屋で見かけるようになりました。
想定の場合は過去の経験値からの推測も含まれます。しかし、選択する際の「自分はこう思う・何となく」という第六感のようなこの感じ取る力に従事してきたはあながち間違っていなかったと、私は思うに至っています。
それは大事な選択をした際「あの時感じていた違和感はこういう理由で発生したものだったのか」と後々振返って明らかになってきた経験があるからです。
少し抽象的で、私の話という狭い範囲での話になってしまいました。
感じ取る力は想定や選択という大それた内容でなくても、天候を予測する際にも活かされます。
空の明るさ、風向きとその方角の雲の色や位置、湿度によって感じられるものとその後の結果が積み重なると、傘や装い等の準備が出来るので季節の変わり目にも迷いが無くなります。
感じ取る対象が刺激に偏ってしまいましたが、今回の男児のように目的や理由を感じ取る(自分なりに解釈・把握する)事も大事です。
人から言われた目的・理由を取り込むより、自ら感じ取ったものの方がより思いが強く、姿勢や行動に繋がります。
今回の男児による行動力にパワーを貰ったが故の試合結果…だったかはわかりませんが、少なくとも隣にいたキャプテン ガミナラ選手はこの男児から何かを感じ取って試合に臨んでいます。
今回の男児の国家斉唱エピソード、極めて短い短編映画を観終わった後のように胸に響きました。
ここから感じ取れるものを活かし、共に歩んで参りましょう。
小さな巨人に感動②:ラグビーW杯国家斉唱場面より
人生

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