4回前にお話したのは
「人間生まれたくて生まれてきてない」
「やりたくない事が多くて当たり前を受容し
前の前に丁寧に取り組んで毎日を充実させる」
という事。
生きていくのがきっつい、苦しいのは
他者作用にて「生かされている」から
だと思います。
生かされているんだから、
思い通りにならないのが当たり前です。
いっちょ前に「俺が」なんて思っていても
作物一つ作るのも土や生物・雨や陽射し
等の恩恵がなければ成立しません。
私が今使っているものはほとんどが
他の人が作って下さったもの。
対価としてお金を払ってはいても
他の方が丁寧に作って下さったからこそ
暫くの間は壊れずに使えています。
どこかの遠い国の人の活動が今の自分を
成り立たせている…
こんな感覚をアルフレッド・アドラー氏は
共同体感覚とおっしゃったのかなぁ…
と実感する最近です。
(投資信託で全世界株式を毎月購入するように
なって余計にそう感じるようになってます)
生かされているんだから思い通りにならない
のは当たり前。
この事に腹落ち出来たならば
何か返せないかな?と先に差し出す気持ちが
芽生え、時間差があって返ってくるものが
あれば…と「我先に」の損得欲からも距離を置いて
穏やかに周りに出来る事を重ねていけます。
何かをさせて頂いて
自分としては「差し出した」つもりでも、
・失敗する
・意図が伝わらず誤解を招く
・感謝や評価されない
といった事も思い通りにならない一種。
お給料が望む額ではなく、
1ヶ月遅れて入ってくるのも生かされて
思い通りにならないから。
(と勝手に納得してます(^^)笑)
それでも、
生かされている輪の中にしか居れないんです。
思い通りにならずとも、
関われる自然・動物(人間)・ご縁の中で
差し出して返ってくるものに有難い・
当たり前ではないとどんどん満たされながら
眼の前の輝きに気付いて参りりましょう♪


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