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苦が普通→楽へ?!:Mでない真剣な話(^^)

人生
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学校でも仕事先でも、そして一人で過ごしていても嫌な事・思い通りにならない事腹立たしい事たくさんありますよね。これだけ苦しい事があるとどうしても「苦じゃない事」を求めていく方に眼がいってしまいます。

しかし、眼に飛び込んでくる宣伝や情報では「苦じゃない」時間が長続きしない…これだとより「苦じゃない」に終始して時間はどんどん消えていってしまいます。

期間は限られているんですから、本当に勿体ない事ですよね。

であれば、「苦じゃない」を求める時の基準とはどうすればいいのでしょうか。

一言で言えば、「苦じゃない」を求める時ワクワク感であればOK。

もし「なぜこうじゃないんだ」「早くこう」と苦じゃないを求め「過ぎ」て、イライラ…怒りにも似た感情が湧いていればそれは「求め過ぎている」苦に陥っています。

時期・タイミングにもよると思いますが、総じて苦と楽だったらどちらかといえば苦の割合の方が多いものではないでしょうか。

楽もずーっと同じ状態であれば苦になりますし、慣れて飽きればまた違う楽を追い求める苦に早変わりするだけです。

それであれば思い切って、大小あれど「苦が普通」としてしまえば苦は苦でなくなります。そういう意味ではよく耳にする四苦八苦の発見と提唱ってすごい事ではないでしょうか。

私は素人ですので各種苦を感じる事には変わりませんが、嫌悪感や怒り・過剰な追い求めが尾を引かず、次出来る事に眼を向けるのが早くなりました。

いきなり悟ったかのような状態になるのは不可能ですし、それを追い求めるのも「苦じゃない」の過剰な反応です。

まずは苦と感じた時に「これって四苦八苦のどれだっけ?」と当てはめてみると、なんとまぁその多さに驚くとともに、「四苦八苦がほとんどやん」と少しずつ実感していきます。この気付きが、「苦で普通やん」という落ち着きに変わってくるんです。

「苦じゃないの追い求め」から「あれ?前はこれを苦に感じてたっけ?」という穏やかさへ。穏やかな笑みで対応し、地に足を付けて瞬間瞬間を味わう充実感のある生き方は「苦が普通」の実感から生まれます。

とある僧侶さんの著書では「苦が普通」を本当の意味で実感した時の楽はヤバいらしいです。本物の悟りに入ると何もしなくなるでしょうから、それはそれで注意が必要なのかもしれませんね(^^)

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