画像認識技術が進んで「眼を大きく」「輪郭を小さく」という顔の画像加工がスマートフォンのアプリでも簡単に出来るようになりました。
プリクラのデジタル写真でもそうですが、異様に眼が大きく・極端に小顔になっている写真を見て私はかなり違和感を感じるのですが、皆さんは如何でしょうか。
加工する事が当たり前になると「そういうもん」とあまり気にならないのかもしれませんね。
特にしなくても良さそうな芸能人もいきなり眉間が高くなったり唇が分厚くなったり…表面の美しさの裏にある「無理くりにでも」という強烈な欲求がどうしても透けて見えてしまい、それが違和感として私には感じられるのかもしれません。
一方で、我が家に定期的にやってきてくれる生花さん達。
水を吸い上げ頑張って生ききり、しっかりシワシワになって枯れていく様は堂々と凛としています。
どちらが良い・悪い、というお話ではありません。
快適さ・美しさの基準をどこに置いて貴重な時間を使って生きていくか、だけのお話です。
自分の写真データの加工や整形をする事に時間やエネルギーを注ぐのが楽しいのか…若しくはどこかでは違和感を感じているのか…。加工をしてでも追及する事に美しさを求めるのか、等身大の自然な自分で居る美しさをとるのか。
「より良く」という欲求は自然なものですが、他人から見られる観点からだけだと「無理くり」「強引に」作り上げられた美しさに「醜さ」を感じとる人も居ます。
ひとつだけはっきりと言えるのは、「自分の顔や容姿の美醜を意識しているのは自分だけ」だという事です。
一時的に悪口を言ったりする者が居たとしても、一生こちらの美醜を指摘し続けてはくれません。自分が気にしている程には他人はこちらの美醜に興味が無いのが実態です<笑>。
とすると、時間とエネルギーの浪費が少ないのは、多少の美醜は受容れ、表情や立ち姿・話す話題やテンポ・間といった違う分野を含めて総合的に魅力的な人物を目指していく生き方の方かもしれません。
私が出逢ってきた「魅力的な方」は、年齢の多少や一般に言われる顔の美醜に関係無く、立ち居振る舞いや話がゆったりしていたり、腰骨が立って胸が伸びている姿勢だったり、いつも穏やかな笑顔でいらっしゃったり…「すぐに」「簡単に」は身に付かないものをお持ちの方ばかりでした。
「すぐ」「簡単に」出来るものはすぐに見破られる事も多いです。
美や魅力を効率良く求めるのであれば、「すぐ」「簡単に」は身に付かず、日頃から意識し習慣づけないといけないような内容で差別化を図るのも一つです。
人間の魅力には話の深みやユーモア・余裕も含まれますよね。
総合的な魅力・美しさとは表面に見える箇所の加工ではなく、習慣や意識を伴う「磨き」から生まれるものではないでしょうか。この観点が加われば年月の経過気にする必要がなくなります。
堂々と等身大・自然体という清々しく生きる美しさ・魅力もお勧めです♪
表面的なものに右往左往惑わされる違和感を感じたら、思い出して頂ければ幸いです(^^)
本当の美しさ・魅力とは?
人生

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