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外へ求める仕組から
デトックスへの一歩!

人生
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前回、「外よりも内に求めた方が近道」というお話をしました。

順番が逆になってしまったかもしれないですが、本日は「外に求める仕組」について「頭でわかる」から「腑に落ちる」ところまで感じてみましょう。

人の習慣というのは、振り返る事もなくなる位無意識と強力に繋がっています。スマホや携帯電話程短期間に習慣化した物はない気が致します。あとはTV。

「何故外に求めるのか」、その答えは
①情報に触れる為の習慣化した機械が増えたから
②自分が見えないから
です。

①習慣化した機会が増えたから

「そんなの当たり前やん」と思われますよね。言われてみると「確かに」と思いますが、それでは情報検索する際や連絡手段として使っている際にいつの間にか当初の目的(検索・連絡)とは違うところを見ていたり、「あ、もうこんな時間」と慌ててしまう事、心当たりがある方多いのではないでしょうか。

そうなんです、いつの間にか「使わされている」状態になってしまっているんです。

AIの発達に脅威を感じるか、うまく使いこなすか、は出された情報に自分なりの判断や意味づけ・取捨選択をする習慣を身に付けているかどうか、に掛かっています。

情報端末、便利で身近になり過ぎています。連絡や明確な目的が無い場合は 少しずつ触れる時間を減らしてみましょう。求める心のザワザワが少なくなり穏やかな気持ちが増えてくると、求める時のザワザワ感によく気付くようになります。その感覚がさらに離れる時間や機会が増えるきっかけとなります。

②自分が見えないから

この②にも違和感を覚えた方、いらっしゃると思います。視界には手や胴体・足等見えていますが、本当の意味で外から見えている訳ではありません。ただ視界に入っているだけです。自分で自分を見れないので、どうしても無意識に先に外へ眼が向きます。外からの感覚で自分を再確認するクセが付いているのです。

太古より、外の危険に気を張って、獲物の狩りに注力してきたためむしろその方が自然です。最近であれば「これがあれば」「ここに行けば」という欲求がある事で経済が回ってきたのですし。

しかし、余りにも度を越して外に求め過ぎているような気がしています。皆さんは如何でしょうか。その弊害としては、不満や不安を煽る情報が入ってきた時に「自分の反応」に気付かず反応してしまうために、「本当か」疑って一旦自分なりに考える事が習慣化されません。

右往左往させられる前に、一度自分をみましょう。しかし、どうやって?

しつこくて恐縮ですが、体感時間をちょっとずつ増やす事で「反応する」自分に、「動かされそうになる」自分に気付き易くなります。一瞬高ぶる交感神経による身体の反応に鋭くなるからです。

見えはしませんが、感じる事で俯瞰的に自分を見つめましょう。①と同様に身体・心ともに感じる落ち着きが最良の休みとなります。

それでは本日のまとめです。

①情報を仕入れる機械が増え②自分が見えない、がために外に求める事が
増えました。

それでどうなりましたか?もし、余計に不満や不安が増え、さらに「何かないか」と外に求めて動かされているのであれば、一度距離を置いてみるのは如何でしょうか。

①目的が無い時は情報を発する携帯電話やTVに触れない②俯瞰的に自分を感じる

自分の判断や考えを持って動いてる実感が、結果への予測や受容力にも繋がり、「動かされている」不安や不満が減ります。煽られている感が無くなるだけでもエネルギーの無駄が減り、本当に大事な事への注力に繋がり易くなります。そこから徐々に所作や表情に表れるとあとはその循環を習慣化するだけです。さらなる詳細は後日お伝えする予定です。

共に歩んでまいりましょう。

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