前回は、
①無意識にスマホ等の機械に触れている事に気付いて時間を減らす、
②俯瞰的に自分を感じる、事のご提案をしました。
今回は、「自分の経験・考え・判断で動く実感を自分軸とする」事についてお話します。
スマホ等の受発信機械に向かう時間が長いと、どうしても二次情報に触れる機会が多くなります。その回数が多く、また時間が長くなる程、現象の発生や記事を書いた側の意図について「何故?」と考える事に繋がりにくくなります。無意識に反応している事が多いためです。
そうするとどうなるか、、、皆さんどのように予想されるでしょうか。
①過去への不満や未来への不安が増え、さらに反応させられて
「思わず動いてしまう」という…これでは雪だるま式の悪循環ではないでしょうか。
本当はそれ程関係ない情報なのに、「反応させたい」情報発信者の意図に気付かず情動によって書き込みしてみたり、思わず購買に走ったりするのは時間等の有限資産が勿体ないです。
ではどうしたらいいのでしょうか?
①前回もお話した私的時間でスマホ等を扱う目的・意図を限定して、「使わさせれている」感に気付く事がその第一歩。いくら自分の考えや判断を付け加えても、情報等の総量が変わらなければ本当に注力すべき勉学や本業に集中出来ませんので「動く実感」とは程遠いです。目的や時間を限定するのは最初はかなり大変だと思います。無意識に手に取っていれば尚更です。

しかし、先述の体感時間と主体的に「使いこなす」感覚が増えてくると、脳の活動が受身から主体へ、より「経験や考え等」を加えて自分独自の一次情報とする事が出来ます。この一次情報であれば「自分が取捨選択した」実感がありますので、動かされるのではなく「自分で動いている」実感が充実感に繋がります。それが次なる動く実感、意欲となるわけです。
②取捨選択した情報に自分の経験・考え・判断を加えた一次情報で動く事が多くなると、結果への予測や受容力にも繋がります。一次情報となる前の反応で動いてしまうと、次への行動源泉に過剰な期待や欲が加わるので、不安が強くなってしまって、身体が緊張して固まり自分の力を発揮するどころではありません。
一次情報から取捨選択の実感を伴って行動出来れば、予測と結果が経験値の積重ねとなり、これまでを逸脱するような欲や期待を伴わないため受け容れる幅が広がります。

その受け容れ幅の広がりが不測の事態にも対応出来る余裕と準備への注力
(今の積重ね)、という好循環に入ります。皆さんの周りにもいらっしゃらないでしょうか。突発的な事で慌ただしくなっても、状況を見極め冷静に着々と、しかしほんのり微笑がお顔に表れているような方。自分なりの一次情報に基づいて経験値が高いと、結果の予測と受け容れ態勢が先に整っているので、あとは出来る事を着々と重ねていくだけ、なんですね。
それでは本日のまとめに入ります。
①機械を「使いこなす」事が、より自分の考えや経験・判断を加える一次情報や取捨選択している充実感に繋がり、意欲が増します。
②一次情報を基に動く事で積み重なる結果予測や受け容れ幅の広がり。これが余分な期待や欲とは離れる事で不満や不安を減らしながら「今出来る」動く実感に繋がって、また考えや経験・判断という軸に戻る…。
多少の二次情報では揺らがない自分軸の幹を作りつつ、共に歩んで参りましょう。


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