imaritsu.comへ

思い通りにならない、のが普通

人生
スポンサーリンク

本日のお題を見てて「コントロール出来ないものはしようとするわけがないじゃないか」と不思議に思われた方、いらっしゃるかもしれません。

では、これまで大事な場面の前、例えば受験や面接での不安等微塵も感じなかったという方…どれくらいいらっしゃるでしょうか。未だ無い結果について
●自分が望むようにしたい、●自分の望み通りにならなかったら…
という考えが頭をよぎったからではないでしょうか。

また、身近な家族や他人にまでイラっとした事が無い方はどれくらいいらっしゃるでしょうか。
●「何故…する(しない)んだ」「…する(しない)べきなのに!」、という気分基準の考えに反応したからではないでしょうか。

結果への不安や他人へのイラっとする怒り、ともにコントロール(思い通りに)しようとしているから生じていますよね。

一概にこれらを否定する訳ではありません。心配だからこそ奮起して準備する、怒りをエネルギーにする、事は元来怠けたい人間の動力になるのですから。

しかし、生産的な「今」の動きが止まる程度を越した不安や怒りとなるのであればそれは勿体ないです。今はどんどん過ぎていくのですから

人生を80年とみると私も折り返しを少し過ぎました。これをご覧の方がもし私より若い場合はあまり実感が無いかもしれないですが、「時間は非常に貴重」です。私はその思いが、日に日に強くなっています。元来の節約家(敢えて「ケチンボ」を使いませんでした。笑)なので、昔はタクシーに乗るなんてほとんど考えませんでしたが、今は多忙極める経営者の方や芸能人がタクシーをよく使う理由が腑に落ちます。

何が言いたいのか、「コントロール出来ない事に注視する時間は「今」が過ぎ去るので勿体ない」という事です。先ほどの例で言い換えれば「不安(不満も)・怒りに使う時間を短くする程<今準備>に使える時間が増える」んです。 

不安や怒りを例として挙げましたが、究極は自分自身もコントロール出来ません。思い通りにならないのです。

これも不思議に感じた方が多いかもしれませんので例を一つ。ではスマホのタイマーを一分に設定して眼を閉じて、一分間何も考えないように自己コントロールしてみて下さい。準備は出来ましたか?よーい、スタート!
(今出来ない方は、トイレやお風呂等で是非一度試してみて下さいね。「考えちゃいけない」と思うほどに、色々な雑念が出てきますから。まぁその数のすごい事に最初は驚きます)

如何だったでしょうか?何かしらの考えが出てくるので「何も考えないようにコントロール」なんてほとんど無理だったはずです。 (出来たとしても、実は「何も考えていない」と考えていた、というヒッカケが潜んでいました)

ではどうやってコントロール出来る「今準備」に集中するのか。

先々から逆算した計画も、途中で緊急の物が入り込んだり、自分自身が体調を崩したり、コントロール出来ない不測事態があるのが普通、とわかった上で着実に歩を進めるわけです。予定通りにいかない度にまた不安や怒りを持ち出しては歩みが止まります。

「コントロール出来ない」とわかっていれば、「コントロール出来ない」事が発生しても不安や怒り等の無駄な反応が少なくなり、今準備を滞りなく進める事が出来ますよね。

体調を崩せば休むか強度や量を軽くする、不安や怒りが出ても体感時間(ヨガやプチ瞑想でも)で反応する時間を減らす事、が「今準備」に直結します。

「コントロール出来ない事がある」と頭の中でうっすらわかっているだけではダメなんです。「自分自身をコントロール出来ないのだから、その他の事がコントロール出来るわけがない」と明確に納得する事、これが「今準備」そして結果の受容へ…という循環継続へ繋がります。

それでは本日のまとめです。

自分の思考さえもコントロール出来ない・思い通りにならないように、「コントロール出来ない事の方が多い」と腑に落ちる事で、途上の不安(不満)や怒りに反応しなくなり、結果「今準備」に戻り易くなります。

体感時間が増えて自分の感覚に鋭くなると、これまでどれだけ不安・不満・怒りに反応していたか、数の多さに気付くので多少遠回りしているように感じる時があるかもしれません。

< 完璧に>はコントロールは出来ません。思い通りにならないのが普通で当たり前。それがわかると自分自身への怒りにも反応せず、淡々と「今準備」を続ける事が出来ます。

怒りや不安(不満)に足を引っ張られずコントロール出来る事に注力し、歩みを進める事が出来るのです。

共に歩んで参りましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました