前回先述したように、人間はただでさえ一日数万回の思考を繰り返していますので、「無駄・やりたくない」という脳の省力化が常態となっています。
そこに新たな「思考→判断→表現」への入口である思考を習慣化していく為にはそれ相応のパンチ力・衝撃が必要になります。
それは★「私に大いに関係する」という当事者意識です。自分に関係ないと判断されてしまうと、即却下されてしまうからです。
小学校以降で「思考・判断・表現」を用いて学ぶため学校で学ぶ事が「私に大いに関係する」という思考が身に付いているのといないのとでは、学ぼうとする姿勢やわかるまでの粘り強さにも大きく影響します。
小学校や中学校以降でも先生・友人といった環境や「ちょっとやってみたら出来た快感」をきっかけで学ぶ姿勢が自ら関わろうとするものに変わる方もいらっしゃいますが、環境やきっかけは偶発的なものですので、確実ではありません。
私が以前いた保育園の先輩先生方は、特に「危ない」「今すべき事をしてない(自由時以外)」場面で、単に「~しなさい」でななく、時に園児の気持ちに寄り添いながらも「今どういう状況か」「どう動くべきか」を出来るだけ園児自身に気付かせる事で当事者意識を育成されているようでした。
上から一方的に言われるだけど特定の場面だけはしなくなっても、似たような別の場面では繰り返してしまう可能性が高いです。仮に同じ事を繰り返しても、前回の当事者意識から「しまった」と自分で自分の行動に気付く修正力に繋がります。
これは教育・保育といった幼児・児童だけに当てはまるものではありません。
仕事においても日常生活においても、気付きから思考・判断・行動に移るためには「自分がどう関わっているのか」という当時者意識が大人にも必要です。

殊仕事に関しては、所属している組織業界の現状やこれから、また予想される変化に向けて「自分に何が求められているのか」、「何を身に付けた方がいいのか」を考えながら動いてきた人とそうでない人とでは、新たな技量や思考の積み重なりと修正能力に差がでます。
さらに退職以降別の仕事に就くのであれば事前に準備する必要がありますので、早目の気付きからの考動が大事になります。
今回は思考に繋がる当事者意識についてお話をしてきました。
自立がより求められる社会への変化に対応するべく始まる教育改革。
所属する場で一緒に関わる事が出来る人間関係を保つための自立への思考。自立思考に繋がる為には「それは私に関係する」という当事者意識が必要です。
自分で立てない人間が他人にも優しく(配慮して貢献する)出来るわけもありません。
情報があふれ過ぎている現代だからこそ、より大事な情報への当事者意識を育成し取捨選択していきながら共に歩んでまいりましょう。


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