「したくない!がないとつまらない」事に気付き、どうせなら面白がって楽しんじゃいましょう♪
したくない事があるからこそ「自分なりによくやった」充実感が増し、したい事・オタノミシの存在が際立ちますので、張り合いのある生活のためには必要なんです。
我々が経験したコロナ禍、自粛中にこの事を実感した方もおられたのではないでしょうか。
関わっている児童も日頃は「学校行きたくない」と言っていたのに、休校後暫くして「学校に行きたい・つまらない」を連発するようになり、改めて「したくない・面倒が必要なものだったんだ」と気付かされました。
仮に「全てがしたい事・オタノシミ」となっても、その中でも相対的に幾つかは「したくない事」になりますので理想郷でもなんでもありません。
また、自分が出来そうな事ばかりでも面白味がないので、長く続くとつまらない感が増していきます。

すぐには出来るか出来ないかわからないような位の作業について、調べてみて…取り掛かってみて「ここまでは出来そうかな」「次はこうやってみたらどうかな」と試していく中で生まれる緊張も張り合いのある生活には必要なんです。
「したくない!面倒」と思った瞬間に身体の拒否反応と逃避しようとしている自分への自己嫌悪で取り掛かる前にストレスが掛かります。
満たされる生活の為には必要なんだ、と思えると「出来るところまではやってみよう」の意欲と「自分なりにやってみた」の充実感に繋がります。
無駄なものはありません。
したくない・面倒な事の先には乗り切って晴れやかな気分になっている自分が居ます。
「必要なもの」として受け容れ、どうせ一度の人生なら面白がってやってみましょうよ(^^)/
(本日は特に自らに向けて書いているような内容でした(^^;))
共に歩んで参りましょう♪


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