生きている実感を得る回数を増やして、満足感を高めましょう(^^)/
あまりにも身近に感じ過ぎて「あって当たり前」と見逃していると、過度にその他に求めて時間や資金・エネルギーを無駄にしてしまいます。身近で手軽に生きている実感を得られるもの、何を思いつかれるでしょうか?
「生きている実感」について書こうと思ったのは先日伺った学校での出来事がきっかけです。
朝、何やら人が集まっているなと思ったらセミがちょうど羽化している最中でした。白みがかった黄緑色の身体が徐々に外に出てくる様は神秘的で、近くで見ていた先生や児童も自然と声が小さくなる程でした。
この光景を眼の前にし、自分が生まれた時「どんな様子だったのかな」と思いをはせていたのがきっかけとなって今回お伝えしている次第です。
日々寝ては起きを繰り返しているので「自分が生きている」事すら忘れてしまっています。
だからこそそれを補うものを何かしら求めて我々は活動しているのではないでしょうか。その追い求めが過度になってしまうと依存に繋がります。
まずは身近なもので生きている実感を味わってみましょう。
一日に数回訪れる食事は手軽に生きている感覚を得られる機会です。
食事の際、食べる物に正対して味わっているでしょうか?片手にスマホ、目線はテレビ…なんて事になっていませんか?食べた実感が薄くなれば、間食で補おうとしてしまうのも納得がいきます。
食事の時位は手にするものは食器位にして、眼・鼻・舌・歯から命の交換をつつ「生きている・そして生かされている実感」を得ましょう。
この一日三回は馬鹿に出来ません。これまで当たり前と思っていたものに満たされる要素を見つけ出せると、何せ回数が増えますので他に求める(物等)にしても過度になるのを抑えてくれます。「そこまでは要らないかも」と。
噛む動作は単調な繰り返しの刺激なので、穏やかさをもたらす脳内の神経伝達セロトニンが放出され、余計な興奮を抑えてくれているのです。
私が最近「生きているなぁ」と感じるのは、朝起き掛けに体温を測り「今日も特にどこも悪くなく無事に目覚めたな」と思いつつ味わう朝食の時です。最近ではいつどんな時に生きている実感が強くなられたでしょうか?
満たされる機会を多くすると、「程々」のラインにも気付き易くなり時間も資金もエネルギーもより大事な内容に使えます。
食事が摂れる・水が飲める・歩いている時に身体の重さと重心の移動を感じる…生きている実感を得られる内容はごろごろ転がっています。
自らをどんどん満たし、穏やかな笑みが出る瞬間を積み重ねましょう♪
生の実感を増やし、満足瞬間を積み重ねましょう↑
人生

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