前回、不満・不安の現況にある「われが」「我が」を薄めてくれる植物との生活、明るい面ばかりではありませんが「生きる」の根源に関わる内容についてお話させて下さい。裏側と向き合う事で、軽快に生きる事に繋がります。
③枯れ姿→受容れる
動物と共に生活するのもそうでしょうが、植物と共に生活し始めても良い事ばかりではありません。
お花だと水分が抜け色が黒くなりどんどんシワシワになっていきます。
そう、お別れの時です。
死や老衰を悪いもののように扱いがちですが、必ず訪れる事ですし早めにその事実に気付けた方が軽快に生活出来ます。
抗うストレスから解放されると余裕が生まれます。その余裕が自然の行く末を見・受容れ…その姿に自らの行く末を重ねて見易くなります。
日常湧き出てくる不安は「死にたくない」というのが根本にあります。
しかし、自らの最後を受容れる覚悟が徐々に出来ると、これまで気になり過ぎていた事がそれ程気にならなくなり、怖かったものが怖く感じなくなります。これが「軽快に」という言葉を使った所以です。
この軽快感はどんなにお金や資産が手に入っても、周りからの羨望が集まっても手に入るものではありません。周りとの比較や勝ち負けといった思考ではなく、手放し受容れるという実績から生まれるものだからです。
本当に宣告を受け死を目前にした時には私もおそらく狼狽する事でしょう。だからこそ避けられない事実に向き合う練習を重ねているつもりです。
最終的に繋げたい内容が内容だったために、少々強引な展開でお話を進めている印象だけが残ったかもしれません。
自然や動物は何も語ってはくれませんが、満たされる感覚と返す動機を強めてくれます。
また、共に暮らす事で自らの行く末・現実をしっかり表し軽快に暮らす「受容れる力」を育ててくれます。
一見育てているようで育てられている。生きているようで実は生かされている。
私も一時は高く感じられたお花代、生かされている意識から生まれるこの還りを考えると対価はそれ以上です。
男性もこの恩恵を是非「共に」して欲しいです。
自然を身近に置く→感じる事で、「良い」「悪い」の対立構造ではなく共に生きる喜びと満たされる思いを溢れさせ、周りに還していきましょう。
植物と居る良さ③:受入れる力
人生

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