極限状態に近づく程本当に大事なものだけに絞られてきます。
今は新型コロナウィルスで外出自粛が続いているので、感染リスクを冒してまで行きたいのか?となるとほとんどのところが対象から外れます。
自分が平常通りの忙しさだった時には思い出しもしなかったような方をふと思い出す事もあるかもしれません。そんな方こそ本当に自分が大事にしたい人なのかもしれません。もしご無沙汰しているとしたら…メールでも送ってみられるのをお勧めします。
ただ、対象から外れていた行きたい所・したい事、思い出す事のなかった方達が全く必要でないのかというとそういう訳ではありません。
それは選択肢を強制的に狭められた窮屈さが教えてくれています。
あまり行きたくない所があっての行きたい場所、したくな事があってのしたい事、会いたくない人があっての会いたい人が成り立っているのです。
相当な犠牲と痛みを伴う有事。
それさえも「無駄ではないのかもしれない」という気付きをもたらすものに出来れば…暗い中にも小さな光が差し込むのではないでしょうか。
限界迄絞る事で感じる物足りなさ…それこそが嫌悪さえあったすべき事・会う人が本当は無駄なものでなかったと気付かせてくれます。この気付きをもって平常に戻れたら、ストレス減に繋がります。
捨て去るべき時期には躊躇なく絞って、無駄・嫌の役割にも気付きましょう。
強制断捨離は無駄なものが無い事に気付かせる
人生

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