皆さんは承認ジャンキーという言葉を聞いた事があるでしょうか。元々ジャンキーとは麻薬中毒患者を指す言葉だそうです。麻薬を使った時の脳内物質ドーパミンが快感となり、やめられなく依存してしまう状態です。承認の場合、特に禁止されている行為でもありませんし、SNSでより手軽にいいねが付くようになり依存性が高くなります。
ところがこのSNS上での承認という快感。一見自己肯定感が高まりそうに見えますが、逆で過剰に欲する程高まりの実感が無いまま限られた時間を奪われてしまいます。「もっともっと」と欲する間に疎かになっているのです、「実生活で出来たはずの実績」が。本日お伝えするのは「自己肯定
感 は<①誰が><②何を><③どうする>事か」です。
自己肯定感 :誰が
SNSでの承認であれば「ネット上の他人が」となりますが、この方達、際限がありません。どんなに認められてもどんどん承認されたくなる対象が広がっていくのでキリがありません。一方で、現実正解において確かで一番身近な存在が居ます。家族?ペット?そうです、「自分」ですよね。気分屋さんのどこぞのだれかに手綱を握らせては、振り回されて続けます。自己肯定感に係わる主体は「その他誰か」ではなく一番実感を感じ易い「自分」です。

自己肯定感 :何を
SNS上でのいいね対象は、投稿した発言や写真・動画です。いいねを欲しての現実世界での行いは勿体ないです。何がか。その時々の行いを感じる事が薄れるからです。SNS投稿に比重が傾くとどうしても、いいね承認の快感へ意識が移るので例えば眼の前の美味しそうなパンケーキの香り・色艶・食感・味わいを感じる事が出来ないのです。少し話がそれましたが、自己肯定感に繋がる対象は「瞬間瞬間で出来た」事です。ネット上での被認知の為、あとから自分の行いを代替媒体(写真等)通して発しても折角時間と手間を掛けて行った感覚が薄れ積み重なりません。都度小休憩をする際に、自分が出来た事を見つめて下さい。その回数を増やす事が自己肯定感の強化に繋がります。
自己肯定感 :どうする
主体が「自分」、対象は「都度出来た事」を「認める」です。他人が、ましてやネット上の仮想他人から「認められる」のではありません。
実態の無いものを求めても際限の無い底なし沼にはまるようなものです。 都度出来た事 を「認める」がピンとこない方は「感じる」に最初は置き換えてみて下さい。小さくガッツポーズをしてみたり、親指を立てて「グッジョブ」とつぶやしてみたり。頭を触るフリして自分の頭をなでてあげてもよいでしょう(^^)「自分なりに出来る事をやった」という感覚を積重ねる事で、小さな自己肯定感が生まれます。それは他人との比較ではないので、実感に溢れ次なる考動に繋がり易いのです。

やらされ感や中毒性依存性のあるものではなく、主体的で前向きに出来る範囲で無理なく出来るので、効果が長続きするのも都度感じる積み重ねからくる自己肯定感の特徴です。
それではまとめに入ります。
<他人が><過去自分がした行いを><認める>事では自己肯定感は一瞬でわからない位でしか感じられません。<自分が><都度出来た事を><感じる>事を積重ねて事でしか、実感を伴った自己肯定感は生まれません。これが自信となります。
安易な承認は中毒性を熟知したシステム提供者に振り回されるだけで、実態を伴いません。仮に実世界での実績や繋がりとなっても、安易に得たものは安易に過ぎ去ります。限られた時間の中での自分の行い。出来れば長く続く自己肯定感に結び付けたいものです。
仕事であっても、他人は同じ事をしても評価したりしなかったり、全くあてになるものではありません。実感として、また自分の実績として残るのは「自分が出来た事」だけです。たまたま良い結果に繋がったり、評価される事があれば御の字位なものです。最初から結果や評価を期待するとそれが怖さに繋がって動けなくなる事にもなりかねません。
<自分が><都度出来た事を><感じる>のを積重ね、自己肯定感を高めていきましょう。そうやって動いていく事が振返った時に「これでよかった」という満足感に繋がります。
共に歩んでまいりましょう。


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