突然ではございますが、最近皆さんは思い通りに事が運んでますでしょうか?
今私は数日後の講話へ向けて準備をしています。ですが、喉のイガイガが激しく、練習後は痛みとイガイガがかなり強くなっています。健康管理をしているつもりですが、自分の身体でさえも思い通りにならないもんですね…。本日お伝えしたいのは★思い通りにならないから面白い★です。
思い通りでないのが当たり前
先ほど私の現状をお話しましたが、もし身体の調子が良くてもそれは当たり前に感じて、おそらく別の思い通りになっていない事に注視し「思い通りでない」と思っている事でしょう。何が言いたいかというと、人間は欲深いので「あれが良いならこれがダメ」と必ず思い通りでないものがあると現状について考えてしまう生き物だという事です。
確かにこの欲求があるからこそ「次はこうしてみよう」という先々への意欲に繋がるのですが、「なんで今思い通りではないんだ」「どうして思い通りにならないんだ」と感じているのであれば、それは過剰な欲からの苦にしかなっていません。欲は膨らんでいくのが普通なので、必ず思い通りにならない事が表れます。

であれば…こう考えてみるのは如何でしょうか。「必ず思い通りでないもの・内容が存在する」
「思い通りにならないのが普通」と。こう考えるのは怖いですか?何もしなくなるんじゃないかと…。逆です。あらゆるものが思い通りになると、おそらく人は何もする気力がなくなり動かなくなってしまいます。そこには全く面白味が無いからです。そう考えてみると「思い通りにならないからこそ面白い」と思えてこないでしょうか。
思い通りへ近づく面白さ
●全てが思い通り=面白味が無い⇔●思い通りにならない=面白い、の構図がなんとなく見えてこられたでしょうか?思い通りになっていない時の苦しい感じや気持ちって思い通りでない現状を見てるだけなんですよね。「今内定を持っていない」「仕事での月間目標に達していない」等の現状を思い通りでないと単に見ていても苦しみが増えるだけです。
ここでもう一つご提案したいのが、思い通りに「近付く」という視点です。自分が重要視している事柄に対して思い通りの現状になるよう、近付く過程を面白がるんです。そこには必ず自分なりの気付きや工夫・試行がありますので、仮に思い通りの結果でなかったとしても「やれるだけはやった」と納得感・充実感が生まれるので単に「思い通りでない現状を見て苦しむ」視点ではなくなります。
就活や転職活動の面接で、「壁に当たったり思い通りの結果にならなかった時の考え方や行動の仕方」を聞くのはその方が「過程も大事にし続けていける人か」を見定めたいからです。価値観の違う多くの人が集まって仕事をするのですから、思い通りに事が運ばない、思い通りの結果にならない、事が多々あります。その度に思い通りでない結果にばかり注視して動きが止まられてしまっては、「その度にフォローせないかんの?」と仕事を増やしてしまう事になります。思い通りでない結果から次への気付きを得たら、その人なりに考えて工夫し試行していける人、即ち主体的に動ける人を採用する側は求める訳です。「主体的に」なんて堅苦しい言葉で書きましたが、思い通りに「近付く」視点から過程に面白みや楽しさを見出せれば自然と自ら動き出せるんです。

動物が獲物を獲ろうとワクワクしているのは「獲物を見つけた時」「獲物を求めて近付いている時」「そして捕えた瞬間」までだそうです。思い通りにならない事が多い狩り、いちいち凹んでたら生きてはいけないですよね。一喜一憂せず、「次はこうしてみようか」と自分なりに工夫して試行していく面白さに視点を置けば、日々出来る事が増え自然と思い通りに近付く可能性が高まります。仮に思い通りにならなくてももう大丈夫。だって「思い通りにならないのが普通」って腑に落ちていますから(^^)そういった良い意味での開き直りが、肩の力が抜けて結果として想定よりも良い結果になるかもしれません。
それでは本日のまとめに入ります。
自分の身体でさえ思い通りになりません。他の事が思い通りにならない事も当たり前、普通です。であれば、思い通りに「近付く」過程に面白味を感じて楽しみを見出していきましょうよ。自分なりの気付きや工夫・試行が改善に結びつきますので「やれるだけやっている」日々の充実感・納得感にも繋がります。楽に思い通りになったら全然面白くないですよ。「近付けているかも?」の過程途上に面白味を感じて楽しんで… 共に歩んで参りましょう。


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