ご来訪、有難うございます。
先日より、新年度の人間関係においてよくありがちな場面における 居心地悪い感覚「イゴワルカン」への対処法や考え方についてお話してきました。
イゴワルカンはマイナスに近い感覚ですが、プラスの感覚例えば 「あぁ生きてるなぁ~」といった感覚を最近皆さんが味わったのはいつでしょうか?
何故急にこんな質問をしたかというとプラスの感覚よりもマイナスに近い感覚 「疲労感」「倦怠感」「ぼーっと集中出来ない感じ」等を訴えられる方が多く なっているからです。
仕事や私生活において、パソコンやタブレット、そしてスマートフォン(スマホ) 等の機械を使う場面がここ数年が格段に増えました。

「スマホ脳疲労」、NHKでも特集がされたのでご存知の方もいらっしゃると思い ます。
少し時間が空くと無意識に「スマホを手にする」習慣がついていないでしょうか。
休みの時間でスマホやタブレット等機械端末を扱うと、違う内容を見ているのでご本人は気分転換しているつもりですが、肝心な脳が休んでいないので全く休みに なっていません。余計に負荷を掛けてしまっているんですから。
人間の脳は一日に数万回も考え事をしたり判断したりを繰り返していると 知って、驚きました。
ただでさえものすごい長時間脳を使い続けているのに、SNSや動画等で 長く機械の画面を見たり操作をしていたら「無理な負荷を脳や眼等に掛けているかも」 といたわりたくなる気持ちが出てきたんです。
皆さんは如何でしょうか?
疲労感や倦怠感、集中力の持続が出来ない、夜眠れない等脳の酷使も その要因の一つとなっていませんでしょうか。
ではどうすればいいのでしょうか? 単純に使わなければいい?…これだけだと不十分です。
そう、人間には楽しい内容然り、不安や怒り・恐れによってもともと数万回も 考える事や判断を繰り返しているのですから。
ずばりお勧めするのは、「身体感覚に集中する時間を持つ」事です。
言葉にすると「???」という方も多いかもしれませんが、禅・瞑想という言葉で あればすぐに想像がつかれるでしょう。

スリランカ初期仏教の長老でいらっしゃるアルボムッレ・スマナサーラ師は 著書「怒らないこと2」の中で「生きているとは感覚があるという事」と定義 されています。
机等の物に感覚があるかという事は別として、この「感覚を研ぎ澄ます」事が 最初にお話をした「今、生きている感覚」に繋がり、アンガーマネジメント等自分を 律する事に繋がるので、大事だと痛感しています。
座禅や瞑想と聞くと「お寺にわざわざ行かないとダメならそんな時間無いよ」 「長時間座禅なんて組めないし」と思われたかもしれません。
私がお勧めするのは、「身体の重さを感じる」事です。これであれば 通勤中の電車やバスの中、立っていても座っていても感じる事が出来ます。
もう少し具体的にお話しますね。
以下③以降の順に身体の重さを上から下へ感じてみて下さい。
①眼は薄目で、胸骨を少し上向きにして腰骨を立てる
②顎を軽く引いて、静かに鼻呼吸 (鼻が詰まっている方はゆっくり吐く事に意識をおいてみて下さい)この時、お腹がへっこんで胸骨が上がって空気が肺に入ったあと、吐きながら③・④を行う
③頭から顎にくる重さが→胸骨→おへそ→尾てい骨へくるのを感じる
④尾てい骨→かかと→そして地中へ重さが消えていく・・・そして③へ戻る、を可能な範囲の御時間で繰り返すわけです。
身体に力が入っているようでしたら、周りにわからない位で身体を少しゆすって 力みを拡散してみましょう。
数十分であっても、いきなりお寺でされているような長時間座禅や瞑想に 時間を掛けることはハードルが高すぎますよね。
信号待ち等ちょっとした細切れ時間にこの身体を感じるのを習慣にされてみて 下さい。まずは数十秒を一日数回、この位であればなんとか出来そうな気がして こないでしょうか?
スマホ等の機器と関連して本日はお話していますので、特に連絡きていない 時や観る動画等なくて思わずスマホを手にとりそうになった時、是非思い出し て下さい、「お、プチ瞑想!」と。
それではまとめに入ります。
先ほど私がお話した①~④は単なる入りの型です。続けていくうちにきっと
皆さんが心地よく感じる身体の場所や順番・感覚が固まってくるはずです。
ちょっとずつやってみると、、、身体の感覚がわかるのが心地よくなる時が
きます。
これが脳や交感神経を休める事に繋がって、本当の意味での休み時間となります。
まずは一日数回からでも是非試してみて下さい、慌ただしい時間の流れに
穏やかで落ち着いた時間をもたらせてくれます。

私も日々続けていて、その効果を感じています。
身体の感覚にスッと戻っていけるようになると、瞬間的な怒りや不安・恐れ等 にも気付く易くなって、反応しないようになります。(反応→不用意な言動)
この事が小さな充実感の積重ねにも繋がるのですがこのお話はまた後日。
本日はここまでに致します。
共に歩んで参りましょう。


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