2002年に大分の警察官が公園内に居たフェレットを捕獲しようとした際に噛まれ、16年の闘病の末2019年1月に亡くなっていたそうです。
今回はこの事件にみる「覚悟と責任」「想像力」についてお伝えします。
フェレットはアリやクモと違い、貨物コンテナと一緒に日本に下り立ったとは到底考えにくく、人が飼っていたものが逃げたか捨てられたかのどちらかで間違いないでしょう。
人気が高いペットである犬や猫が捕獲されいまだに年間6万頭近く毎日200頭が殺処分されている現状はご存知かと思います。
2015年までの十年間で1/3に減少しているとはいえ、毎日200頭が殺処分…もし自分勝手な理由で飼っていた命を手放していた方はこの数値を見てもおそらく何も思わないのでしょう。命を共にする覚悟が最初からないと「可愛くなくなった」といった安易な理由で無責任な行動が出来てしまうんです。
この手の理由は自分にとって都合の良い・その場しのぎの言い訳でしかありません。
私自身を思い返すと、若いころ「なんで自分だけが」と私生活でも仕事でも不満が多かった時代がありました。そんな時はうまくいかなかったり注意を受けた時に、自分の中で正当化する「だって」の言い訳が口には出さずとも表情や口調に表れていた気がします。
自分を正当化する言い訳が出るというのは「私は与えられた任務に覚悟と責任がありません」「改善する意思が無いです」と表明しているようなものです。
注意を受けても、考え方の違いでどうしても受け入れ難い事もあるかもしれませんが、自分が出来ていない内容については事実として受容れ、言い訳ではなく留意して改善する方に眼を向けましょう。でないと、そこに費やした時間やエネルギーが勿体ないですよね。
言い訳したり、それに近い態度・表情を外に出していると「あ、この人は逃げる人だ」「責任を回避する人だ」という事で、役割もそしてついには仕事も与えられず居場所が無くなったりと全く自分の為になりません。
何か事があった際にこちらの不手際について指摘を受けた場合、まずは引き受ける覚悟が無いのであればそれは責任をもって役割を果たしているとはいえません。
一度引き受けた役割への責任者に近い位の覚悟と、「二度としない為にどう考動すれば善くなるか」の視点を持つ事で、言い訳ではなくお詫びをする言葉と行動が出るようになります。
この言動を見た上役が評価をしてより責任のある役割が与えられる事で自らも改善成長出来ます。この循環が「自分はここで能力を発揮出来ている」という「自己効力感」となり、受け身ではない主体的な考動でやらされ感とストレスが減ります。
これは学生のアルバイトでも同じです。この責任と覚悟があるからこそ、仕事における気付きが生まれ新たな動機・やる気が湧いてきます。これが唯一無二の経験となり、就活での材料として使えるものになります。
責任も覚悟も重いですし面倒ですが、役割の中限定ではあっても自分でハンドリング出来る裁量を認められるのは、一人前として認められた快感と取り組む楽しさが生まれます。
人を思い通りに動かすハンドリングは思い通りになりませんが、そういった経験を通して耐性や工夫を身に付ける事は無駄ではありません。
ペットを捨てる内容から今回、覚悟と責任についてお伝えしてきました。直接的には関係無く思えますが、ひとつのきっかけとしてお伝えしたく話題にした次第です。
覚悟・責任があるからこそ、その先へも思いを巡らせて「今やっておかなければ」「相手にとって良いとは」の視点が出てきますし、「最悪こうなるかもしれない」と想像して対策を打つ事が出来ます。
この想像力については次回お伝えいたします。
御忙しいなか、御時間を使ってご覧頂き本当に有難うございました。私の狭い経験や見解ながら、微々たるところでもお役に立てましたら幸いです。
責任と覚悟が自分を守る:ペットの現状より①
仕事

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