「ルネッサ~ンス」という掛け声と「○○か~い」というツッコミで御馴染みの髭男爵という芸人さんがいらっしゃいます。
その髭男爵役の山田ルイ53世こと山田順三さん、テレビ静岡のテレビ寺子屋という番組で「キラキラする義務なんてない」という講演をされていました。
その内容を素に「キラキラでない快感」と題してお伝えしていきます。
その山田順三さん、関西の有名私立中学に見事合格するも、14歳の時通学途中でした粗相(大)が同級生にバレたと思った事をきっかけにしてそれから20歳までひきこもりをされていたそうです。
そのテレビ講演では「キラキラした生活でないといけない世の中の圧」や「取材時の引きこもり時代への強引な意味付け」について異議を唱えていました。
確かに…SNSの発達で、多くの人の眼を引いて自身をブランディングしたり、生活の特別感を演出して高みに居るように見せたいが為のキラキラした生活(リア充って今は死語ですかね?苦笑)を表現しているSNSの写真や動画が多く見受けられます。
このSNS上の方々のキラキラ生活を通信回線を介して見ていると焦りや不安・不満が出てこないでしょうか。
但し、ここには気付きにくいトリックがあります。
ここかしこにキラキラ生活がUPされているので「皆こんな生活なのかな」と思ってしまいがちですが…よくよく考えたらそんな事ないですよね。
一部の成金さんや代々続く貴族以外は食器の片付けから洗濯・食事の準備・通勤・排泄…日常の中でしなければならない様々な事があります。
何が言いたいかというと、キラキラ生活は生きてるうちでのほんの数%位でしかなく、その他大部分は地味でキラキラしてなくて面白味もなく、一見意味が無いように感じられるものばかりだ、という事です。
皆が生活のほとんどでキラキラしている自覚があったらわざわざネット上へUPする必要ありませんよね。だってそれが普通・通常・日常なんですから。
そうなんです。ネット上にキラキラ生活をUPしている人も、キラキラ生活に憧れを持ったりその比較でなんとなく自分の生活とに不安や 不満がある人も、生活の大半が「キラキラでない」のがわかっているからこそ、それを表現して自分の特別感や優越感を表したくなったり・憧れてインフルエンサー(世の中に与える影響が大きい言動をする人)を支持(フォロー)する訳です。
なんとなく見えてくるでしょうか。。。本当はキラキラでない、からこそ、演出する人と憧れる人、その比較で焦り・不安・不満を持つ我々の動機や姿が。
しかし、一方で山田ルイ53世こと山田順三さんがおっしゃるように「べつにキラキラ生活ばかりでなくていいんやない?」「実は違うんやない?」と気付き始めている方々もいらっしゃいます。
そういった内側への充実感や穏やかさでも内面のキラキラ生活を感じられるようになる為の気付きや考え方について次回もう少し詳しくお伝え致します。
本日はその導入までとなりましたが、「生活の大半はキラキラでない」と皆わかっている…けれども何故か 表層の華美追及に眼を奪われる、という現状についてまずは気付いて頂けれたら幸いです。
本日も、静かな時間が心地良く感じる余裕が持てる一日となりますように。


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