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大事な方からのお知らせ:軽快な生き方とは

人生
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訃報が続くと、テレビやSNSでも哀悼の意を表すコメントが多くなります。

しかしいつも不思議に思うのが、訃報についてコメントされている方が「残念です」と「自分とはまだ関係無い」という距離を置いている感じがする事です。

忌み嫌うものとされているので自然な事なんですが、好きだった方・大事な方のお知らせを当事者意識をもって聞く事には利点もあります。

利点二点のうちの一つは、「騙されない・冷静な判断」が出来る事です。

私は毎朝5時に起きていますが、テレビを付けると健康をほのめかすような食品やサプリメントのCMがものすごい数流されています。

あまりにも執着が強過ぎると、他の方のお知らせに動揺したり不安や恐怖を煽る文言に刺激され、予期せず購入させられたり、よく検討・相談しないまま手術や治療を開始してしまう事に繋がりかねません。

各々のお知らせに触れる毎に自分事として聞く事が出来れば、慌てる事がなくなりますので冷静な判断が出来るようになります。

二つ目は、少しずつでも受け容れる歩みが進む事です。

私自身もまだ道半ばで宣告を受けたとしたらかなり動揺するかもしれないという自覚があります。

しかし、いつかくる時期を忌み嫌いどんなに避けようとしてもいずれは向かい合って受容れざるを得ない時期がくるのです。

しかも、この受容れにはかなりの時間を要します。

だからこそ、お知らせに触れる「毎に」自分事として捉え、向かい合う回数を増やしていくのです。

これは受容れる事さえ出来れば「何も怖くなくなる」というような魔法でもなく、「この時さえ良ければ」という先々を否定する生き方でもありません。

寧ろ今出来る事を積重ね先へ繋げていく思考を持合わせていても、過剰な執着から離れて他から煽られたり自分で不安・怖れを増殖させない生き方に繋がる「受容れ」なのです。

軽快に生きる事を続けていけば、振り返った時に「これで良かったんだ」という納得感・充実感となるでしょう。

正直を申し上げますと、書く事に迷う内容ではありましたが「時間が掛かる事」「利点がある事」を理由として思い切って書かせて頂きました。

途中でも述べましたが、私もまだ道半ばです。

本当の意味での受容れを目指しつつも、後から振返ってきちんと成果・ドットを繋がっていて納得感・充実感が積み重なっているよう精進して参りましょう。

軽快に日々瞬間瞬間出来る事を積重ねていくからこそ、来たる日に「よくやってきた、俺(私)」と納得出来ますように。

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